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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第2節 進路相談 [7]




「だ、だいたい、私なんかと偽装恋愛なんてしたら、お前に迷惑が降りかかるだけじゃないのか?」
「迷惑? どんな?」
「どんなって、私みたいな女と噂になったら、お前だって学校中の嫌われ者だぞ」
「ふーん、学校一の嫌われ者だって自覚はあるんだ」
 胸で腕を組み、ニヤリと笑う。
「それとも、ワザと嫌われるような態度を取っているのかな?」
「何だっていいだろうっ そもそも、私はこんな学校に通う奴等に好かれたいとは思ってない」
「同感だ」
 短い言葉に、美鶴は瞠目する。
 同感?
「俺も、別に校内で人気者になりたいとは思っていない。他人の視線を伺いながら生活するなんて、性分に合わないからな。だから、お前と噂になって、それによって人気が上がろうが下がろうが、どんな色眼鏡で見られようが、別に大して気にもならないんだ。お前だってそうなんだろう? うん、やっぱり俺たち、気が合うみたいだ」
 組んでいた腕を解き、左右に軽く広げる。
「手を組めばうまくいくと思うぜ。周囲の目なんてどうでもいい。そんな事よりも」
 スッと、瞳が細くなる。まるで猫が獲物を見つけて狙いを定めた一瞬のよう。
「お前と俺が噂になったら山脇のヤツ、ショックだろうよ。気でも狂っちまうんじゃないか?」
 本当に楽しそう。クククッと笑い声が闇に響く。
 コイツ、異常だ。コイツに関わるのはよくない。
 そう判断し、美鶴は強引に背を向ける。
「悪いが、お前の話など聞いている暇もない」
「俺とお前は、良いコンビになれるぞ」
「知らん」
「利害は一致してるんだぞ」
「一致などしていない」
「協力してくれるなら」
「するつもりはないっ!」
 背を向けたままそう叫び、美鶴は飛び出すように教室を出た。
「協力しないと言うのなら」
 あっという間に消えてしまった同級生の背中へ向かって、陽翔は揺れるように呟く。
「利用するだけさ」
 もちろんその囁きは、美鶴の耳には届いていない。



 気味の悪い奴だな。
 チラリと向かいの瑠駆真を覗き見る。聡やツバサたちの会話に耳を傾けていて、こちらには気付いていない。
 小童谷陽翔は、瑠駆真を人殺しのように罵っていた。瑠駆真の母親は、瑠駆真に殺されたのだと。
 瑠駆真は、母親の事を嫌いだとは言っていた。だが、殺すだなんて。
 艶やかな黒髪の下で揺れる円らな瞳。オリエンタルな美しい顔立ちは、殺人とはまったくかけ離れている。だが、瑠駆真がただ美しいだけの男ではない事を、美鶴は知っている。
 ラテフィルへ行こう。
 囁くような甘い声。沁み入るようで、まるで呪文のように美鶴を誘った。
 瑠駆真は、卒業したらラテフィルへ行くのだろうか? 王族だと言うのだから、いずれはそちらの国へ行くのだろうな。とするならば、瑠駆真の進路は決まっているのか。
 途端、目の前の少年が、余裕を湛えた優越な存在に見えてくる。
 コイツは、私や聡のように進路であれこれ悩んだり、学校から押し付けられたりする必要はないんだな。
「何?」
 美鶴の視線に気付き、瑠駆真がふわりと首を傾げる。
「僕に何か?」
 両手を机に乗せて指を組み、少し乗り出す。その仕草の一つ一つが、まるで光りを伴って高貴に動かされているかのよう。王族の風格か。
 何となく劣等を感じ、美鶴は無言で教科書へ視線を落とした。
 どうせコイツは身分お高い人間なのだ。自分みたいな、父親もわからない人間とは違う。
 そうだ、所詮は違うのだ。
 言い聞かせるたび、惨めになる。
 あぁ、進路なんて、お母さんに相談しても大した返事は返ってこないんだろうな。せめてお母さんがもうちょっとマトモな人間だったら―――
 そこでふと思い出す。

詩織(しおり)ちゃんはね、ちゃんとした真面目な学生さんだったの」

 綾子(あやこ)はそう言っていた。
 お母さんだって、高校には通ってたんだよな。本当は、こんな水商売なんかじゃなくって、もっと違う目標とかってあったんだろうか?
 片手に煎餅、片手に発泡酒を握り締め、ガハガハと笑い声を立てる母。目標があったとはとても思えない。
 うーん、私が進路を見出せないのって、やっぱり環境もあるんじゃないの? 身近な大人があんなんじゃあ、希望ある未来なんて頭の中には描けないよ。
 じゃあ、私も親を見習って水商売?
 グニャリと、轟音(ごうおん)に彩られた奇抜な世界が目の前に広がる。光りと闇のコントラスト。男と女の区別もつかない、曖昧で不安定な夜の彩り。
 水商売なんてしたら、霞流さんはお店に来てくれたりするのかな?
 そこでブンブンと頭をふる。
 いやいや、そんな霞流さんなんて嫌だ。だいたい、それでは振り向かせるどころか、逆に弄ばれてしまう。霞流さんは、女性は馬鹿だと軽蔑しているのだ。それを改めさせるのに、そんな商売していたら逆効果なんじゃないのか?
 別に夜の商売している人が馬鹿だって言ってるワケじゃない。ただ、霞流さんはそういう人を見下しているから―――
 あぁぁぁぁぁ!
 思わず頭を抱える。
 とにかく、就職するにしろ進学するにしろ、もうちょっと真面目に考えないと、霞流さんに軽蔑されてしまうよ。
 だが、だからと言って、美鶴には具体的な希望の進路はない。
 霞流さんが好むような進路なんて、知らないし。
 智論(ちさと)さんなら知ってるのかな?
 知的な、女性的でありながら小ざっぱりとした年上の女性。霞流慎二の許婚だと紹介され、だがそんなものは形式的だと言い、それなのに彼の動向を気にかけている。
 あんまり、頼りたくないな。
 じゃあ、どうすればいいんだろ? どうすれば、もっと具体的に自分の進路を考える事ができるんだろう? 少なくとも学校側の言いなりにならなくて済むような、具体的な進路。

「詩織ちゃんはね、ちゃんとした真面目な学生さんだったの」

 中卒だと思ってたけど、本当は高校中退だったんだ。母は、高校へ通っていたという事実を、隠していた。
 何がお母さんの未来を狂わせたのだろう?
 乱暴されて、美鶴が産まれた。
 狂ったんだろうな、たぶん。
 でも、でももし、もしも狂ってなかったら?
 美鶴はゆっくりと瞬きする。
 もし、お母さんの高校時代をもう少し知る事ができたのなら、綾子ママの言う真面目な学生さんとしての姿を知る事ができたなら、その先に描いたお母さんの未来を見る事ができたら、そうしたら自分は、もう少し現実的に自分の未来を描けることができるのではないだろうか?
 自分の進路のヒントにはならないかな?
 お母さんに、聞いてみようか?
 煎餅をかじる音。発泡酒を飲み干す喉。
 無理だ。教えてくれるとはとても思えん。







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